私は、今年の8月4日で満60歳になる。子供の頃の時は60歳と言うとかなり年老いた
お爺さんと言うイメージがあり、自分自身そんな年代まで生きてきたのだと思っている。
実際は、私自身の体調、運動機能はかなり若い時に比べて低下したが、お爺さんにな
ったとか年老いたという実感は沸いて来ない。その反面やはりこれから先は一体どうな
るのだろうと言った不安は隠し通せない。世間では還暦の時、赤いチャンチャンコに
帽子を被り家族でお祝いをするといった事になるが、私にはそのように祝ってくれる人も
いない!
それよりも60歳と言うのは私にとって大きな転機と思える。
まず、数え年の61歳になると言うことだ。それは何かと言うと私が恐れている大厄である
大厄年であるのだ。一応今は前厄だが、この一年間は特に注意が必要になるのだ。
次に母の病気、周囲の人たち(親戚)の安否、家の災害、交通事故、金欠と様々な出来事である。

でも、こう言った事が起こらない様に私は小さい時からお参りしていた東大阪にある石切劒箭神社
で御祈祷して頂き、大津にある立木観音様に特別祈願の御札を戴き、私の母の親元にある御不動
さんにお参りに行った。近くにもこう言った神社等があるが、私はこの三ヶ所は絶対毎年、正月・春・
夏・秋は必ずお参りをしている。それ以外にも私は必ず父のお仏壇は朝夕の礼拝、父の墓参りは月
に一回、欠かした事がない。
私はこのような行動に依って様々な不運な事からお守りして頂くと信じて一生通じて行う。
もう一つは、私も18歳から現在まで42年近くまで働いて来た事が今年の8月3日で定年を迎える事に
なり、その後は収入の方もかなり減少し、今までの生活ががらりと変るという不安である。

若い頃に思っていた定年とは、家族の人にお父さん長い間ご苦労様でした、と労をねぎらい、皆で祝杯
をあげてもらい、老後の生活に入り、自分の今ままで出来なかった事をしたり、夫婦で旅行に行ったり、
家に一日中居て好きな事をして暮らして優雅な生活を送るものと思っていた。でも、私がこの歳になると
そのような考えはとんでもない事で、今現在では、定年後も現役で働いておられる方が沢山おられる中、
このような事を思うのは大変不謹慎だと思われるが、やはり自分自身不安が有ると言うのは隠し通せない。

定年後自分自身正社員で働かさせて頂くと言う事はなくなり、今年から年金受給も61歳から、仮に受給
したとしてもそれでは到底生活できない。全くあてにならない。その上、私と母が通院している為、医療費
の年間の支払いも歳を取る毎に治療箇所も増え、増大していく事になる。こう言ったことを考えると人間
は一生働き続けなくてはいけない事になる。
そう言う事を考えると今まで雇用して頂いた会社があってこそ、自分が定年近く迄奇跡的に働かせて頂い
た為、今まで若い時から趣味、行楽、日常生活が人並みに送ってこれたのも、やはり会社で働かせて頂い
た事に恩恵を被らなくてはいけないとつくづく感じさせられたと思う。

否定的な人生を送る事ばかり考えず、前向きの姿勢で毎日毎日、一日を着実に大切に過ごすことを考えよ!
決して、先の事ばかり考えていたら、あなた自身の人間性がなくなってしまうので良い方向になる様に、と
有難いコメントを頂いた。私もこのコメントを参考に今後の自分の行き方、行動に役立てたいと思う。

非常に暗いお話しになりましたが、これが今回のスタッフの悲鳴とさせて頂くことにします。

商品部 林憲治